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吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

「第2回吃音を考えるサイエンスカフェ終えて」(仮題)をコピペ

昨日、南先生が呟いてたのコピペ。
伏せ字してた人達のもある程度開示します。

昨日の「第2回吃音を考えるサイエンスカフェ」は盛況かどうかはわかりませんが、最後までいらして下さった方々が70名近くいらしたと思います。立ち見や、通りすがりに耳を傾けてくださった方もいらっしゃいました。主催者発表では約100名の方々が参加して下さったと思います。

吃音サイエンスカフェは今まで言友会にご縁のなかった方々に来ていただきたいと思っていました。3分の1くらいはそうだったのではないでしょうか。当事者の悩み、早期支援の必要性、北海道のSTによる吃音治療事情、吃音を脳研究の立場から研究した成果、吃音のある人に対する社会的支援について。

すごく盛りだくさんでしたが、自分たちとその仲間で構成しました。借りてきた演者ではなかったなあと思います。だから、私も北海道で起きている実際のケースを話して、支援の必要性について訴えました。一つは吃音があることが当人だけではなく、家族の中で受け入れられなかった例。

家族の中で、継母から吃音が出るたびに叩かれ、叱られ、木邨のある父親からは助けを得られなかった。そして就職が出来ずに反社会的な行為から少年院に入った人がいました。今彼は少年院の職員さんからも支援を受けています。私が提供したプログラムを毎日実施して下さっているのです。

彼の吃音人生17年目にしてようやく支援が始まりました。私は少年院の職員の皆さんの取り組みに敬意を抱いています。本人も将来に向かって生きる努力を始めました。もう一人の例は、先にもお伝えした、自殺をしたIHさんの例です。吃音があることでかなり苦労して看護師になったIHさんでした。

しかし、新人教育の名の下に「いじめ」としか思えないひどい扱いを受けていたことが分かって来ました。病院側はその事実を隠蔽しようとしていたようです。話せない彼に「患者のところに行く前にちゃんと話せるようになるまで練習をしてから行きなさい」と言い、

人に見えるところで何度も何度も言い直しをさせていたということが分かりました。IHさんはだんだん追い込まれて行き、ついに自殺という道を選んでしまいました。こういうことが現実に命を救う現場で行われているといのはおどろきでした。しかし、これが一部の出来事とは思えないのです。

話し終わって一日経って、改めて思うことがあります。私たちの知らないところで、吃音の悩みとは公表されずに亡くなっている方がいるのではないかと・・・。だから改めて申し上げます。吃音で悩んでいる皆さん、お近くの言友会に連絡をとってください。今の言友会は、「個人の努力で治そう!」等と

古い主張をするところは少なくなってきています。明るく元気で吃音があっても一所懸命に生きているマスコミ受けするような吃音のある人のための言友会ではありません。本当に、命に係わる悩みを共有して下さる仲間がいます。信じてください。繰り返します。吃音者宣言に囚われない言友会が増えて

吃音者宣言に囚われない言友会が増えています。社会的支援(障がい認定、障がい者手帳、就労支援、職場における合理的配慮を求める)ということを真剣に議論しています。NPO法人全国言友会連絡協議会はこういう課題について正面から取り組んでいます。私は存在への支援を主張しています。