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吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

差別前提の優しさ?

これは「発達障害」を「隠しておきたい恥ずべきこと」だと思われて「差別だよね」ってうんざりって話。


吃音も「可哀想」に思われる事があるようで。
少なくとも上の子はクラスの子にそう思われてるようだ。
ありがたいけど、劣等感も植え付けられてるんだべなぁ。

上の子の日直ではクラス皆に応援してもらって回を重ねるうちに少しづつ声が出てるようだ。
越えること(日直とか劇とか皆の前で大きな声で話す事)ができれば
その劣等感も軽減されると思うから先生に尽力していただいてる。
「みんなが自分の事どもりだって知ってる」ってどれ位ストレスになるのかな?


それこそ、今どきの学校は自分が経験した「病弱なクラスメート」の他に加えて
アトピーとかアレルギーとか、発達障害の子もいるし「なんらかのハンディキャップ」を持った子がすぐ側にいて、
吃音も奇異な感じではないのかなぁ。その気持がずっと残ってて大人になれば日本も本質的にもっと優しい、寛容な国になると思うけど。「客だからガマン」ではなくて。

電車のベビーカーとか、飛行機やレストランの赤ちゃんのギャン泣きとか。
みんな子育て経験してれば「しょうがない」って思ってくれると思うけど、
そうはならないのが「同調圧力」ってやつなのかなぁ?周りの期待値が高いって言うか。
「お。も。て。な。し」の国の裏返しだよね。多分。ろくでなしな、感じだ。