読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

twitterから拾ってみた

色々難し話を拾う。
結論出るわけないけど、刺さった話題には喰いついてみる

説明ブログも読んだ。
吃音症は発達障害の括りに入る→発達障害精神障害者保険福祉手帳交付されてる→なので吃音症も同様の手帳貰えると。

配慮して欲しい時に説明する手間が減るなら障害者手帳欲しいっちゃ欲しいけど。国が認定した障害なんでって。

発達障害は「基準」があると思うのだけど、吃音は「このどもり具合は吃音症」って基準あったっけ?
今度の学会のテーマの1つだったような、最近やっと基準つくれそうな話じゃなかったっけ?
ちゃんと「吃音」って判定できる体制が構築できるならば、このアプローチは有用なのかも。

までも「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」には障害者手帳の有無に関係なくって方針で
国自治体に周知?衆知?義務があったはずだから、
それに乗っかって(予算配分)「吃音って障害は周りの気配りで環境改善できる」って世の中に理解が広がるだけでも相当いい感じダナと。




最近ブログで紹介した「吃音年表のメンタルリハーサル法」もそういう感じだよね。機能には問題ないって。
幼少時?に体験できなかった、足りなかった事が遺伝的要素も絡んで吃音を発症するって。

吃音持ちも加齢で度胸がつく、経験を積むと吃りの頻度が減るとか経験でエビデンス的にも言われている。
自分も「場数を踏めば吃音は減る、吃っても何とかなる動揺しずらくなる」って思ってるし。
考え方をもちろん強制はしませんし、人それぞれだから。自分はそう思うだけ。

でも言いたいときに言えない、
言い換えできない言葉(人の名前とか地名とか)はあって
そういうのは場数踏んでもやっぱ言えない訳で。

「言語障害」って機能的、身体障害的な言葉なのかもしれないけど
障害って言葉の中では一番しっくりくるかな。だって言えないんだもの。

症って病気にカテゴライズされるのかな?