吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

次女の話。難発で発話できず泣いてしまったようだ

このブログ、家族の話だと長女の話が多く。長女の吃音は結構重い。年齢もあるし、虐められた経験もあるし、小4の時の俺の学校へのお願いが長女の吃音を悪化させたと後悔もあり。
長女は小5からなのかな?少人数だと吃りながら普通に話せるのだけど発表とか日直とか、人数が多いところでは発話できない、挨拶できないようだ。今は吃音の困り感由来の場面緘黙なのかなって思ってる。
中2ですが小学校と同様に先生とルールを決めて基本当てられない、音読もないのかな?そんな感じです。
部活で演奏のクリニックとかで自己紹介あっても言えず先輩に言ってもらうとかかなり配慮されています。皆の前で話せればいいなと。

次女(小5)は小1から「ことばの教室」に通っていますが、基本吃ってる姿を見せないようです。
発表とか、学芸会でのセリフとかも逃げずに取り組んでいて。逃げる必要がないと言うか。
ことばの教室の懇談では毎回「通う必要ないですよね」と提案される感じ。
までも今は言いやすいセリフであるとか、できるだけ吃らないように~考えているようで。
基本的に知らない所、始めての場所には行かなくなりました。積極性が無くなった。吃音のせいというか俺のせいだ。
「吃ってもいいんだよ~」って強制はできないので囁いているのですが。
幸いなのか次女の学年は1クラスしか無く。5年間ずっと同じ(転校転入ありましたが)で幼稚園含めると8年同じ子もいて穏やかな環境で、「吃る場面もあるけど周りは特に気にする感じなく」な話も先生から聞いておりました。

だから「次女の吃音は軽いままで、自分でコントロールできる範囲で、周りからは気付かれない(自分が傷つかない)位で」過ごすのかなと、長女に比べると非常に安易に考えていました。


ですが、参観日に奥サマが聞いた話

先日、次女(小5)の参観日。社会の授業でした。何回も挙手して、一度当てられて、小さい声だったけどちゃんと答えていて。

そんな次女(小5)、参観後に先生から、実は何日も前の授業で音読の時に口を開けたまま言葉が出なくて…。その時は次の人に回してしたのだけど、泣いてしまって…。

と、話がありました。次女(小5)からはちっとも聞いてなくて。その授業後、言えそうにないときの合図が先生との間で決まったらしい(それは聞いてた)。時々、使ってるらしい。

そのことについて、次女(小5)と話たほうがよいのか悩んだのだけど。失敗と受け止めてほしくなくて、一人で悩んでほしくなくて、話てみた。本人的には、「べつに、大丈夫だし」みたいなニュアンス。大丈夫じゃないんじゃないの?と思ったけど、本人なりに考えてるようなので

一人で悩まないでね、と伝えた。次女(小5)は姉を見てるから、いろんな事感じて考えてると思った。それでも、挙手し人前で話すチャレンジをしてるから偉いよ…。クラスの友達にも恵まれてる。感謝です。

そんな事あったのか。悔しかったのだな。自分は発話できなくて皆の前で泣いた事はないな。長女はどうなのだろ?

吃音に関する事は、長女からは一切聞いてこない。次女には小3の時に少し聞かれたような。
妻には「結婚して子供生まれたらその子吃るの?」とか結構聞いてきた時期があったようだ。
吃音に関する本はいつでも読めるようにはしてる。

俺の発話テクニックを見て「果敢に発話チャレンジしてほしい」と思ってる。「話すのもスキル」だと思うので。

次女の件、泣いちゃったのは俺もショックで。遺伝のせいで娘を苦しめてしまった。

生きてく楽しさをもっともっと伝えないと。吃音のハンデを乗り越える気持ちの強さを。


話を聞いて、数日どよ~んでした。