吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

誰かにコケにされたら悔しくて死ねるくらい一生懸命になったことないんですか? #浦和レッズ

もうとっくになくなったと思っていた気持ちがまだあったとわかってしまったから。
あの頃とは違うからと流せていた後悔とか悔しさが怖いくらい今帰ってきている.....という感じです

REDSブログはもう全然書いてなくて。吃音ブログのほうが動いているのでこちらで。

パワハラは受け入れられないし、キジェさんの湘南&京都でのサッカーが本当に嫌いで。
ファールで止める。ファールで休む。
20世紀、駒場のバックススタンドで試合前に教えていただいた
「勝てば何をやってもいいではない」
「常に全力、相手に敬意を」
「浦和は圧倒的じゃないとだめ」
「浦和は内容で相手を折らないと」
「浦和は涼しい顔して泥臭く戦わないと」
「無失点が浦和」
サッカー未経験の外様の北海道出身の自分としては。
まぁ三菱って東京のクラブだし。ホンダも埼玉だけど浦和じゃないしって。
柱谷兄GMの頃だったかな?浦和の少年団とレッズユースとの連携がようやく始まって。
勝てなくて追いだしたのはREDSサポだけど。

正直勝ち始めてかな、浦和の方から地元のクラブといわれるようになったの。
カップ戦あわせると10回優勝。ACL3回。リーグ優勝は1回。リーグ2位は5回?
サポーターの「世界に輝け」を体現してくれて、クラブも目標にしてくれて、とても嬉しく思う。
ACLに出られば目標達成なクラブだからな。だから天皇杯で頑張る訳で。
野々さんも知ってるので天皇杯出れない年もあったし。

愚痴になってきた。

西野さんを呼んで、重工がクラブの面倒みることになり。西野さんが愛想つかして。
そもそも
フィンケさんが追い出されて、福ちゃんも逃げ出した時から闇はずっと感じているが。
森さんやミスターがずっとクラブにいてくれれば違ったのだろうか?
(そう考えると西野さんが福岡にいるって、縁、恩返しを感じる)


昔からREDSを見てる自分としては、キジェさん招集のこの騒動も相変わらずだなと。
ペトロ呼んできたときの唐突感よりはマシで。(あれは本当に誰主導だったのだろ?吉沢さん?)

GK3人30代って。


人生の支えになってるのは曲。
岡村ちゃんの「一生懸命って素敵そうじゃん」
カーネーションの「このままでいいんだ......とそう信じて」

で、最近「ヤニ吸い」を知って8巻まで一気買いしたのけれど、
7巻で出てきたのが
「誰かにコケにされたら悔しくて死ねるくらい仕事で一生懸命になったことないんですか?」
「自分の仕事に対してそんな受け取り方をされたら腹が立ってムカついて(中略)自分で大事な物を捨てるみたいで悔しいから」

「好きで続けているのなら、必要なことは全部、あたしたちの気持ちに追いつきますから」

自分がいた頃はみんな「仕事」って喜怒哀楽で参戦してた。
今、仕事って苦笑いして参戦してる方達はどれくらいいるんだろ。


腐ってもREDSだ。
もうしがみ付いてるだけだけど、REDSの選手、関わった選手は全員応援したい。
一生懸命な選手を目の当たりにして、応援しないとかありえない。
キジェさんが、きれいなキジェさんになれるよう祈っている。
相手をリスペクトして、REDSが勝つサッカーになるように。
湘南&京都のままなら批判するしかない。私の気持ちに近づくように。
批判もしたいから課金続けますよ。
REDSのサポートは「自分で考えて、能動的に行動する」だ。色んな形があっていい。
自分はしがみついて、課金して、言いたいことは言う。

吃音の記憶(おまけのSTEP4「記憶の意味の書き直し」再構築)

昨日書いた事がしっくり来なかったのでここで昇華できれば。
本とは違う内容ですし。
しっくりこなかったのが
〇おまけのSTEP4「記憶の意味の書き直し」
のとこ。
スラスラ書けてしまって、書こうと思ってた事と違う風になってしまい。
本日(2026/5/29)該当部分ほぼ削除しました。

吃音本でトラウマを変換すればって、記憶では2冊目で。

吃音の記憶で思い浮かぶのは.......
掘り出すと、どんどん出てくるのだけど、パットは出てこない。
そんだけ現状満足してるのかもしれん。

・幼稚園の階段で1人だったこと
・小学校入学前の発話検査(普通学校か支援学校か決める)でスラスラ話せたこと
・(本読みはめっちゃ練習してて)小3の時、詩の朗読で凄く褒められた
・自由研究の発表会でクラス全員に質問した事
・友達と行った映画の帰りにミスドで商品名言えずドーナツ注文できなかった事
考えたら、用心はしてたけど小中高と段々苦痛の割合は減ってたような。
考えたら、自転車好きなのは1人でどこでもいける、コミュ障由来なのかも
・大学受験しなかったのは面接というより高校の英語の音読を避けたからかも
・代わりの公務員試験の1次面接で盛大に吃った事(受かったけど2次面接バックレた)
・専門学校の下宿時代、「酔うと吃らない」と嬉しくなったこと
・20歳最初の就職先の上司との酒の席で「もっとゆっくりしゃべれ~」と毎回言われた事
・22歳親父が死んで「このまま逃げてばかりでは悔いが残る」と思った事
・その年の会社の健康診断で病院行ったときに自分の名前を盛大に吃った事
・年功序列で毎週末競技場で応援意図の説明、席詰案内する羽目になって、
吃っても気にされない、オーバーアクションしたほうがより伝わる、伝わるのは言葉だけじゃないと経験した事
・「コサキン」オフ会やサッカーの席で吃っても皆中身を聞いてくれて、変な顔されなかった事
・こんな自分でも慕ってくれる人が沢山いたこと
・Uターン後に入社した会社に朝礼があって大変だったこと。
・その会社の上司に「お前吃りだろ~」って言われて、凄く嬉しかった事。31歳だったかな初めてのカミングアウト
・妻にカミングアウト、子供も吃音持ちになるかもと伝えた事
・長女が3歳で吃り始めて焦ったこと
・長女の吃りを次女が真似たとき「真似するな!」と怒鳴って子供達泣かせた事
・幼稚園からの提案で自治体の「ことばの教室」
・長女の吃音由来のイジメで北海道言友会旭川ブロックに参加、初めて自分以外の吃音持ちに会う(親父のお通夜で父方の祖父や父以外にも吃音持ちが複数いると知っていたが)
・入社10年目上司にカミングアウト、当時面接時に指摘されていたが社長がOKだして採用になったと知る
・「株式会社」がどうにも言えず、例会で相談したら色んな方法を提案されて吃音の不思議さを改めて知った事
・「株式会社」ここ数年は言いたいタイミングで言えるようになり、タ行がある苗字もほぼ言えるように
・最新の吃音研究でも「遺伝子レベルの薬ができないと無理ゲー」と書いてあって怒りが込み上げ
・今でも「吃音と生きる」か~い

吃音に関しての割り切り(吃音持ちのままでもまぁいいかと思えるようになった)
余談だけど「ねこじるうどん」キッカケで性善説を捨てた事かな。
この作品って最後は包丁持った通り魔が出てきてみんな死んじゃうって話が多くて。
東京埼玉で生活してて、「話が通じない人ってほんとにいるんだな」と体感して。
なのである意味「欠けた自分でもいいじゃない」「合わない人はスルー」と割り切りができた。

どんどん思い出してきたけど、
「自分でできる 吃音の認知行動療法」に書いてあった「おまけのSTEP 4 記憶の意味の書き直し」
で、でてきた記憶。


「思うように話せない」からブログに書いてると思うな。書く事は話すよりずっとスムーズだ。
吃音ではなくて人見知り、友達いない、のほうがデカイかもだけど。

「自分でできる 吃音の認知行動療法」感想

「自分でできる 吃音の認知行動療法」感想です。
認知行動療法で吃音改善の本は数冊読んでいるので正直驚きはないのですが
皆さんに伝われと思いました。良本です。
「クラタリングとの親和性」「遺伝由来の症状って吃音だけじゃないし」「予期不安の解釈」
が自分には新鮮でした。
最新本なので吃音に関する知見もアップデートされていてそれも参考になると思います。
約100ページで正直1時間で読めました。

1部で知識を。2部で実践です。実践は各ステップ1週間以上かけなさいと書いてあります。
認知行動療法なので?「吃音を客観視」というか「話し方を客観視」
「自動思考とスキーマ」(認知の歪みの気付き)
「本人の理想の話し方周りで話してますか?」
「案外今の話し方でも伝わってますよ?」
「吃音抜きで考えてみよう」
「話す事と別の事を意識しながら話してみよう」
「不安は役にたつ」
「意訳[トライ&エラー](暴露療法)」
愚直に取り組めば吃音改善すると思いました。

「まぁ何とかなる」と思っている自分は、今以上の吃音改善を目指そうとは思わないのですが、
おまけの4ステップが心理的にハードに来まして。


以下、本書とは全然関係ない事書き進めたいと思います。

〇おまけのSTEP1「カミングアウトをしてみよう」
話しかけにくい人へのチャレンジはハードモード(笑)
までも、逃げないのが大事だと経験上学んだので大事だと思います。
意外と駅前での署名とかビラ配りって知らない人だから吃っても楽なんだよな(個人的感想)

〇おまけのSTEP2「当事者会に行ってみよう」
子供きっかけで通う事になったけど、ここ数年参加のモチベーションが上がらず。
前は「会社休んでも!」だっだけど今は会社優先プライベート優先になってしまい、休みがちに。
色んな吃音持ちさんを見たし、一切吃らないけど吃音持ちとして参加してた人もいたし。
自分の価値観語るのも老害な気がして気が引ける感じも最近あるし。
全ては吃音持ちになってしまった娘達がそれなりに会に関わってるからだけど。

〇おまけのSTEP3「ビデオフィードバックをしてみよう」
スマホ様様ですよね。これができれば100%改善すると思いますよ。
究極の客観視、認知の歪みの改善だと思います。

〇おまけのSTEP4「記憶の意味の書き直し」
※5/29ここの場所ほぼ削除しました。別で書きます。
多分小3の時の詩の朗読で褒められた事が俺の人生で相当でかい経験だったと思う。
トウモリ先生ありがとう。

精神障害者保健福祉手帳取得に文句言う人への返しをAIに聞いたら面白かった

なんでもAIにお願いすればマイルドになってよいですな。

10年前の話なので本人の感覚も違うと思いますが、腹が立ってしまい。
で無料のチャッピーに「言い返してよ!」泣きついた結果が以下です。

面白いとこコピペすると

・結論から言うと、「論破」よりも前提を崩して冷静に詰めるほうが効果的です。
・相手の認識のズレを一つずつ整理していく形が強いです。
・正直なところ、こういう話は相手が理解する気がないと議論しても消耗するだけです。
・その主張、理想論としては聞こえはいいですが、現実の仕組みを無視しています。

→ 使える返し
「それ、制度として認められてるものに対して“おかしい”って言ってるけど、基準知ってるの?」
→ 使える返し
「吃音って気合いで治るものじゃないし、医学的にも障害として扱われてるよね?」
→ 使える返し
「困ってる人に合わせるのが制度であって、“甘え”って切り捨てるのは時代遅れじゃない?」
→ 返し
「会社って全員が事情理解して動く前提じゃないよね?」
→ 返し
「手帳って“努力しなくていい制度”じゃなくて、“働くための補助”だよね?」
→ 返し
「毎回説明して理解される保証ないし、それって本人に負担押し付けてない?」
→ 返し
「企業側も手帳前提で雇用してるのに、それ否定するの現実見てなくない?」
→じゃあ、短くて刺さるやつを
「“理解してもらえばいい”って、できなかった時の責任全部本人に押し付けてない?」

自分も発達障害の方と一緒にされるのは違うとは思うけど、極めて政治的な話。
「精神障害者保健福祉手帳」取得できるなら取得したい。
今の会社、障害者枠余ってるから枠埋めて貢献したいですわ。甘えになるのでしょうか?

までも簡易検査では親子ともども「発達障害ではない」だったのですが。
「吃音の困りごと」だけ。吃音の検査は受けていません。


この団体の方と親交ある方から聞いた話だと、
自分なりに消化すると「気持ちは一緒でも対応が違う」のだなぁ。
「ついて来れない人はついてこなければいい」のスタンスのようで。
「治さなくていい」だけど、実は言い換えOKのようだし、テクニックもOKだとか。
大多数であろう「経験積めば何とかなる」吃音持ちには、この団体のスタンスは刺さるんだと思う。

己だけを考えれば、自分もこの思想に近いんだと思う。
吃音は無くなってないけど57年間生きて何とかなってるし。不安なんて生きてれば皆あるわけで。
人生楽しいか楽しくないかと言われれば楽しいし。だから結婚したし、子も授かった。


自分は亡くなった南先生から「吃音は社会モデル」に凄く感銘し、
「吃音持っていれば他の障害あっても仲間」の北海道言友会の考えに賛同している。
まぁ最近活動のテンション下がってはいるけど。

とにかく、考えは全言連と同じなのにアウトプットがここまで違うと。残念。

昔のブログに書いたけど、
昭和30年代の学校指導要領に「吃音持ちの指導は相手に聞いて」とあるのに
「吃音には触れるな」と啓蒙したせいでそのツケは21世紀の今でも。
57歳の自分としては幼稚園や小学校低学年で寄り添ってくれれば、
自分の吃音は改善して、もっと軽かったかもしれないと考えると、やっぱり怒りしかない。

仕事以外の会話がない職場は楽?というか近況

1時間潰しで書込みです。

自分の吃音状態はボチボチ。コントロールできてる状態と言うか。
先月の暴れてる、コントロールできない感じはなくなった。
波ですよね。60近いのに波あるか~
今は声がカスレてて、そっちのほうが焦ります。
乾燥対策でマスクをしているのですが、効果ないのかもしれん。
職場ではストーブ入ってるし、外は今時期特有の埃や砂が舞ってるといいますか。喉に悪い。


書き込もうと思ったのは私の職場環境。吃音持ちの自分にとっていいのか悪いのか。
仕事の話しかしない環境。世間話とかは一切しない環境。8時間いて5分も話さない?的な。
これは「話したくない」のではなく、環境がそうさせてる。
これ書くと私が「配慮がない、変な人」だとカミングアウトなのですが、
同じフロアにいる人が私のこと強烈に嫌っていて、私が話すと雰囲気が悪くなるから。
で、私と会話すると、俺を嫌ってる人から無視とか嫌がらせとかされるので、
私は話せなくなった感じです。
私と嫌ってる人は社長公認の仲の悪さ。悪さと言うか一方的に嫌われているんだけど。
キッカケは私がその人のプライドを傷つけたんだろうなと。
幸い他の社員も腫物に触る感じというか、そんな感じな人なので。まぁまぁと。
私会社のパワハラ受付なのですが、その人が昇級したら複数相談きたので、
ブレてないんだろうなと。逆に私の考えが変でもないのかと安心した。
なので、社長と相談提案して社員と仕事で絡まないというか、
1人で社外交渉とか、そっちに注力してもらっている。


個人的には失敗話とか職場で話したいけど。
職場でも与太話とかしてると、経験値も積めて流暢性もあがるのかなと。
それとも話さない方が、「難発で話せない」事が物理的に減るので、
結果的にストレスフリーになってるのかな?とも。
「話したい時に話せない」ってのは吃音症状に限らず環境でもあるよなぁと。立場とかで。
まぁ給料もらえてるからいいかと。そんな諦めな境地でもあります。




長女が無事1人暮らし始まっています。
最初の数日は社会人研修をうけて4月は日勤のみだそうで。
GWから夜勤も始まるのかしら。
スマホ振込とかも初回は店頭でとかあるらしく。
もうそろそろ1ヶ月位なので様子見がてらタイヤ交換しに訪問予定。どうなってるか。
同期が12月では3人だったのが4月は5人になっていたと。
職場はバラバラのようだが話せる繋がれる人ができていい感じだと。


次女は本格的に独り立ちというか。車通学も部活もサークルもこなしているようだ。
バイトは前訂正したとおり、長女のバイト先とは繋がらず、近所のドラッグストア。
週4て稼ぎ過ぎでは?(条件が最低週4だったとか)明後日から勤務開始でどうなるか。
品だしだけでなく、レジ打ちもあるとかで、どこまで任されるか、次女がやれるのか、期待。

「当事者の語りがアートになるとき」札幌上映会&お喋り会雑感

参加しました。北海道言友会LINEグループで宣伝したら大学の先生が参加してくれた。

会場は札幌市内にある「かでる2・7」音楽ホールしか行ったことなくて、地下駐車場もあるんだなぁと。
市民活動は札幌駅北口にエルプラザがあって、北海道言友会もそこを拠点としてるんだけど、
ここもあるんだと改めて。平日夜だからか利用者が少なくて。勿体ないなぁと。

参加のきっかけはFBのメッセンジャーで八木さんからのお誘い。
行ける日程だったので参加。イベント終了後の食事会はビビッて参加できず。
23時台に無事帰宅。次の日きっちり8時から会社で土日仕事しましたよ。
情けない話、疲労が月曜まで抜けず。運動不足ですな。

会場入る前に八木さんに会ってご挨拶。
イベントは6階の会議室で参加者は10人ほど。
開始早々、企画した方が「八木さんは私の推し」の言葉にびっくら。
推し活動と思えば納得な感じな進行で。
上映後、軽く参加者自己紹介&八木さんから映像化の経緯
お菓子食べながら質疑応答。
大々的に宣伝してなかったとの事で
企画者さん&八木さんの友人知人の参加者が多かったようだ。
企画者と八木さんも友人との事。
八木さんは重い難発なのだけど、
企画者さんのからの合いの手だったり、
ホワイトボードに書いてもらったりで。
吃音の配慮については事前に聞いておけば自分もサポートできたなぁと反省。
質疑応答では映像だけでなく、「推し活動」だけに
八木さんのプライベートな事も多く語られてちょっとここでは書けない。
(食時会いけばもっとディープ&北海道言友会の宣伝できたなと。でも体力が)

映像のきっかけは、
フランス人監督のひきこもりに関するアート(パフォーマンス)に参加している八木さんの違和感。

自身のイベント映像も交えて約30分に映像化。
アート(パフォーマンス)はフランスで50回位開かれていて、参加者は5000円位払うらしい。
東京でも演ることになったとか。
パフォーマンスなので流れがあり、演出意図があり。出演料もある。でも出演してて違和感もある。
当事者の語りは色々背負うべきか、自分に正直に語るべきか、そもそも当事者なのか?等々

考えるに吃音でいうと、困ってる事、配慮してほしい事がそれぞれ違うなかで「合理的配慮」とは?とかだな。

八木さんから「怖い」って話が何回か出てきて。吃音だけじゃないかもだけど
無理解、無配慮の環境に晒されて怖い経験したんだろうなぁと悲しく思いました。
FBの文全部読んではいるけど、「怖い」感覚は記憶になく、
有名人と言うか、強者なイメージだったので。
お会いできて良かったと思うのと、会ってみないとわからないなぁと改めて。

ここ数年、北海道言友会の活動に参加するのが前向きではない。
その理由は「ネットで繋がれてるから」なのだけど、
今回のイベントで「会ってみないとわからん」と改めて思いました。

その八木さんはダスキンの助成金制度を使って台湾留学が決まっています。
前回投稿の作家の石沢さんはドイツ生活で「話し方再構築なので吃音なくなるかも」
と淡い期待があった(結果慣れると吃音が出始めた)ようだけど
八木さんの吃音は台湾生活でどうなるか。
FB読んでるにかなり読み書きできる感じだから、そんな幻想はもってないかな?

参加者の属性はどんな方達だったのだろうか。
色んな視点がでたし、吃音目線ではないので新鮮でした。
今回は吃音の話ではなく、演じる違和感の話だったので私が語れる事は少なく。
企画の方から吃音の話も出たけど八木さん個人の話が強くて(さすが推し目線)
広げることもできず。参加者の皆さんどんな感じだったのだろうか。

時間共有できて良かったです。
企画者の方は北海道言友会の吃音カフェにも興味あるのだとか。
南先生亡くなって体制が変わってるので、正直現在の札幌の様子はわからないけど、
企画の方が常連になればまた活性化するのかなと、妄想したりしました。
今は社会人の吃音持ちで企画運営してるので、平日動けなかったりするし。
子育てでリタイヤしてる方達がまた表に出てくれば違うんだろけど。

帰りの車で色々考える事ができたイベントでした。
映像は考える種になるので公開してほしいなぁと思っています。

吃音の表現に感動。朝日新聞2026年3月1日掲載「石沢麻衣のくちごもる」

北海道言友会LINEグループに流れてまして。どっしり来ました。
今までの吃音のワダカマリと言うか、「自分とは」とか。
何回かここでも書いたけど、流暢性獲得で自分が無くなるとか。
書いてあった「躊躇いながら話す」が本当の私で、表現だと強く思った。
それこそ「吃音を受け容れる」事なのかなと思った。改善とかビジネストークとか以前に。

石沢麻衣さんは作家(2021年芥川賞受賞)さんで、
このコラム(隔月掲載の「動標」)で自身の吃音について語っています。
朝日新聞の有料記事です。
吃音持ち、吃音支援者、ご家族に読んでほしいコラムです。紙面で1/6サイズかな。
動詞を手掛かりに道標を探す寄稿とかで、石沢さんは「くちごもる」をチョイスしたようだ。


繰り返しになるけど、この文は私の吃音の葛藤を全て書いているように思う。
共感と書くのはおこがましいけど。
吃音は無くなってほしいけど無くならない。
テクニックを使ってそれなりに思いどうり話せるようになってるけど、「本当の自分」を表現できない。
このコラムで書いている「演じている」感覚。テクニックを使っている時は「演じている」と思うし、
言葉が軽い自覚はある。それが葛藤となるときもある。

テクニックが少なかった10代~20代は朴訥な感じだった。「躊躇いながら話す」だったように思う。
あれ?以前書いた気がする........................それも数回。
「ゆっくり話す」が自分に近づける話し方。理想だけどできていない。
今打ち込んでいるのもダーーっとマシンガントークのように打ち込んでいる。
多分、ここから変えていかないと。
早食いとか乱字(汚字)とか全部繋がっているように思う。
自分に自信がないので、逃げるような、隠れるような対応ばかりで。
加齢に伴う経験値UPで「旅の恥はかき捨て」「厚顔無恥」な行動様式に拍車がかかり。
50代後半でこれはないよな~と。
でも吃って意味が伝わらないなら敬語とか無視で勢い話してしまおうと。
ビジネスシーンなら「私」なんていらんし。

友達がいないのはそういう理由かしら。
発話の流暢性が上がるにつれて仮面が厚くなるというか。

石沢麻衣さんは会話の際

注意深く空白を置く、つまり躊躇いながら話す事を意識するようになった

だそうだ。

「避けた言葉の存在感」は感じる。発話反省会の後悔の念というか。


吃音から解放される瞬間が2例書いてあって
1つは演じる時、1つはくちごもる癖を気にする暇がなかった時。

ゆっくり話したい。
「私から離れていったものの静かな重み」を反芻してみたい。
10代20代前半はそれしかできなかった。
場数を踏んでテクニックを見つけて、
毎日トライ&エラーで難発回避を見つけて、現在のぶっきらぼうな早口な話し方に変化した。

「摩擦を失った言葉」って表現が ”吃らないだけの、気持ちがない言葉”

「滑らかさを信用できない私は」
反射じゃなくて、反芻して話したいなと心から思いました。