吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

吃音の記憶(おまけのSTEP4「記憶の意味の書き直し」再構築)

昨日書いた事がしっくり来なかったのでここで昇華できれば。
本とは違う内容ですし。
しっくりこなかったのが
〇おまけのSTEP4「記憶の意味の書き直し」
のとこ。
スラスラ書けてしまって、書こうと思ってた事と違う風になってしまい。
本日(2026/5/29)該当部分ほぼ削除しました。

吃音本でトラウマを変換すればって、記憶では2冊目で。

吃音の記憶で思い浮かぶのは.......
掘り出すと、どんどん出てくるのだけど、パットは出てこない。
そんだけ現状満足してるのかもしれん。

・幼稚園の階段で1人だったこと
・小学校入学前の発話検査(普通学校か支援学校か決める)でスラスラ話せたこと
・(本読みはめっちゃ練習してて)小3の時、詩の朗読で凄く褒められた
・自由研究の発表会でクラス全員に質問した事
・友達と行った映画の帰りにミスドで商品名言えずドーナツ注文できなかった事
考えたら、用心はしてたけど小中高と段々苦痛の割合は減ってたような。
考えたら、自転車好きなのは1人でどこでもいける、コミュ障由来なのかも
・大学受験しなかったのは面接というより高校の英語の音読を避けたからかも
・代わりの公務員試験の1次面接で盛大に吃った事(受かったけど2次面接バックレた)
・専門学校の下宿時代、「酔うと吃らない」と嬉しくなったこと
・20歳最初の就職先の上司との酒の席で「もっとゆっくりしゃべれ~」と毎回言われた事
・22歳親父が死んで「このまま逃げてばかりでは悔いが残る」と思った事
・その年の会社の健康診断で病院行ったときに自分の名前を盛大に吃った事
・年功序列で毎週末競技場で応援意図の説明、席詰案内する羽目になって、
吃っても気にされない、オーバーアクションしたほうがより伝わる、伝わるのは言葉だけじゃないと経験した事
・「コサキン」オフ会やサッカーの席で吃っても皆中身を聞いてくれて、変な顔されなかった事
・こんな自分でも慕ってくれる人が沢山いたこと
・Uターン後に入社した会社に朝礼があって大変だったこと。
・その会社の上司に「お前吃りだろ~」って言われて、凄く嬉しかった事。31歳だったかな初めてのカミングアウト
・妻にカミングアウト、子供も吃音持ちになるかもと伝えた事
・長女が3歳で吃り始めて焦ったこと
・長女の吃りを次女が真似たとき「真似するな!」と怒鳴って子供達泣かせた事
・幼稚園からの提案で自治体の「ことばの教室」
・長女の吃音由来のイジメで北海道言友会旭川ブロックに参加、初めて自分以外の吃音持ちに会う(親父のお通夜で父方の祖父や父以外にも吃音持ちが複数いると知っていたが)
・入社10年目上司にカミングアウト、当時面接時に指摘されていたが社長がOKだして採用になったと知る
・「株式会社」がどうにも言えず、例会で相談したら色んな方法を提案されて吃音の不思議さを改めて知った事
・「株式会社」ここ数年は言いたいタイミングで言えるようになり、タ行がある苗字もほぼ言えるように
・最新の吃音研究でも「遺伝子レベルの薬ができないと無理ゲー」と書いてあって怒りが込み上げ
・今でも「吃音と生きる」か~い

吃音に関しての割り切り(吃音持ちのままでもまぁいいかと思えるようになった)
余談だけど「ねこじるうどん」キッカケで性善説を捨てた事かな。
この作品って最後は包丁持った通り魔が出てきてみんな死んじゃうって話が多くて。
東京埼玉で生活してて、「話が通じない人ってほんとにいるんだな」と体感して。
なのである意味「欠けた自分でもいいじゃない」「合わない人はスルー」と割り切りができた。

どんどん思い出してきたけど、
「自分でできる 吃音の認知行動療法」に書いてあった「おまけのSTEP 4 記憶の意味の書き直し」
で、でてきた記憶。


「思うように話せない」からブログに書いてると思うな。書く事は話すよりずっとスムーズだ。
吃音ではなくて人見知り、友達いない、のほうがデカイかもだけど。