吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

「おおかみこどもの雨と雪」オオカミでなくて、吃音だったら?って目線で

おおかみこどもの雨と雪」ネタばれたっくさんです。
この映画の評論ではなく、視点を変えて。

スーパーのシチューコーナーで
この映画の動画が流れててホッコリしたんだけど。おおかみこどもの雨と雪タイアップ篇 ハウスシチュー - YouTube


感想をネットで読んでて、表題な気持ちに。
物凄い大雑把に流れを書くと。(はしょりかたに嫌悪感あるかもすみません)

主人公は普通の女子大生。
彼氏はおおかみおとなで妊娠。産むことを決めた。
でも病院行くとバレてしまうので行けず、母子家庭だったから?親にも相談せず。
2人目生まれた時に彼氏は死んじゃって。
子供達の選択権「オオカミとして生きるのか」「人間として生きるのか」を考えて田舎に引っ越し。
そして子供達は選択して....



お遊びですよ、怒らないでね


オオカミってのを障害って考えたらって。
折角なので吃音で。

自分は吃音持ち、ここでいうなら「おおかみおとな」か。
妻と付き合う時「俺どもり」授かった時「どもり遺伝するかも」って言った。


お遊びですよ、仮定の話。


選択をどうするか。映画では12歳だったかな。
吃音では12歳では治す観点では遅くて、3歳時検診?で親や周りが気づいて、んで本人の自覚。
3歳時検診でなくて、幼稚園保育園の対応が大事なのかも。
ちなみに我が家は幼稚園からの提案でした。

おおかみこどもの2人が選択しなければいけない、悩んでるのは、その2人のせいではない。
うちの子達の吃音は、うちの子のせいではない。
どちらも親の遺伝だ。うちの子は俺のせいで吃音持ちになってしまった。

吃音って隠すよね。恥ずかしいから隠すんだけどさ。
周りが知らないから、「?」とか「クスクス」とか「困ったね」とかする訳で。
吃音」を知らなくても、「この人は喋る時こんなことになる」って理解してくれればいい訳で。
あでも、初見な人に判ってもらうには「周知」「理解」か。


オオカミと人間は共存できないけど。


イヤイヤ、吃音持ちも人間ですよ。障害持ってる人も人間ですがな。
吃音持ちがオオカミってか排除されないように。

吃音のある私たち自身が社会を動かそうとする方向に向かって行動することが大切なのではないでしょうか。

あ~全然纏まってないが、まぁいいや。


吃音持ちも選択があるなって。そう思って書き始めたんだけど、ヤメトク。