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吃音(どもり)ネタを貼ってくブログ

コミュニケーションは、話し手と聞き手、つまり「あなた」と「わたし」とで成り立っており、吃音はその障害です

それでも一歩踏み出せば

自分や家族の吃音話

昨日は子供達の参観日。
下の子の授業は給食含めだったので妻は仕事休んで参観。
妻が動けないので自分は半休とって(日曜最低半日は出社するので振替)長女の参観しました。

偶然ですが、長女が日直でした。
号令の言葉は結局出せず、感想みたいなのは声が小さくて先生しか聞こえず。
数分待ってくれた中、事前に話していた約束に則り、今回も結局は先生がやった。

1学期は事前に先生との話は無かったので長女も親である自分も思うところあったのですが、
今回は前日に長女と先生で話(単に提案されただけかもしれんけど)をしたようで
夕方先生から電話もありました(長女からは直接聞いてないけど)

事前に先生が話を通していたので、
言葉が出ない時にやってほしくない「急かすゼスチャー」「深呼吸して~」とかやってたけど
「今回の対応で100点です」と参観後に先生には言いました。

長女は長女なりに練習していたようです。
妻は「もうちょっとやればいいけど」って言ってましたが。

一緒に普段の様子も教えて貰いました。
授業での発言や壇上での発表以外での
クラスメートとの対応とか、研修に来てる先生に話しかけたりとか
どもりながらだけど普通にコミュニケートできてるみたい。
授業後見てても自分もそんな風に感じた。
この前長女の友達が数人遊びにきたようだけど、普通にどもってて普通に遊んでたようだし。


そこでまた書くけど、菊池先生がラジオで言ってた

菊池良和:あとですね、もう一つなんですけど、今、荒木さんとかは、きつ音を軽くするように
話し方をですね、表面的なことをですね、してるんだけど、話す面接の内容をしっかりと
準備してほしいと思うんですね。きつ音って、自分が喋る言葉の内容が自信がないときって
結構きつ音が酷くなるんですね。でも自分がこれは準備万端に自信があるっていうときは
あんまりどもらないっていうのがあって。

はるな愛:内面がじゃあでるんですね。

菊池良和:ですね。

はるな愛:症状に。

菊池良和:普通の人よりは、やっぱり自分の内面が表に出やすい人って思っていただければ々々ですね。

がね。
自分は場数って言っちゃうんだけど、号令に場数も何もないと言うか、結局は声の出し方、テクニックだよな。


全然話が代わるってこれが今回の本題なのだけど
始点に立っていても、ゴールまでの道筋は見えません - Chikirinの日記
この話は独立とかそういう話で吃音の克服とは次元が違うけど
引用

「最初の一歩を踏み出すこと」は、多くの人が思っている以上に重要です。なぜなら(上にも書いたように、)一歩踏み出した時に見える景色は、今立っている地点から見える景色とは、全く違っているからです。

一歩進むたびに、異なる景色が現れます。取りうる選択肢が増え、今までには思いつかなかったアイデアが出てきます。一歩を踏み出した時に得られる情報(フィードバック)は、その一歩を踏み出す前には(=その一歩を踏み出さない人には)決して手に入らない、すごく貴重な情報ばかりです。

自分は浦和レッズにのめり込む事で吃音のプレッシャーがどんどん下がっていったんだけど
なんか、こんな感覚だったのです。実際に浦和レッズを通じで自分の世界がどんどん広がっていったから。

吃音のせいか、長女は「石橋を叩いて壊れて動けない」事が多く。
でも絵とか、最初のインスピレーションを活かすと親バカなんだろけど、凄い表現、行動ができてると思う。

一歩踏み出せる環境、自分で作ったハードルを下げられるように何か。